産業とは本来、いかなる時代においても、その時代を生きる人々の暮らしに資するために営まれるものである。伝統工芸もまた、かつての絵師や職人たちが、同時代の人々の生活や美意識に応えるために、懸命に手を動かしてきた営為の積み重ねにほかならない。
    しかしながら私たちはしばしば、本来の目的を忘れ、過去のある時期に確立されたとされる形式を「絶対的価値」として神聖視し、それを不変の伝統とみなしてしまう。その結果、現代に生きる人々が求める実際の必要性や感性は軽視され、伝統は生きた文化から遠ざかり人の心は離れる。人の心が離れた文化は自ら消滅の道を辿るしかなくなる。
本来、伝統産業が「伝統」として受け継がれてきたのは、時代の変化に応じ、人々の暮らしの中で新たな意味を見出し続けてきたからにほかならない。
私は長年、加賀友禅の作家として、使う人の希望を第一に考え、最良の作品をつくることを己の使命としてきた。伝統とは、その時代に生きる人々と一緒に呼吸し生き続ける「美のかたち」であると信じている。しかし、現実には着物離れが進み、業界全体が衰退の淵に立たされている。高額な価格は若者を遠ざけ、職人や作家の数は減少し、作品の質も低下の一途をたどっている。
    この危機に対し、私はデジタル技術を導入し、高品質な合成繊維に加賀友禅の意匠をプリントする新たな手法を確立した。伝統的な審美を損なうことなく、現代社会の生活様式や価値観に即した作品づくりを可能にしたこの方法は、熟練の仕立て師や茶道の師範、着付け師など、伝統を知る人々からも、手描き作品と遜色がないと高い評価を得ている。合繊といえども使用する素材は最高品質であり、軽やかで扱いやすく、自宅で洗濯することもできる。これにより、若い世代が「自分でも買える」「日常で楽しめる」「変わったものではなくちゃんとした着物が欲しかった」と加賀友禅に新しい親しみを見出している。
    伝統は本来、時代の変化に適応し、人々の生活に新たな意味を与えることで受け継がれてきた。ゆえに、過去の一時期の形を絶対的なものとして固定し、変化を否定することは、伝統そのものの論理に反する行為なのである。
残念ながら、業界の一部ではこの新しい試みに対して「それは伝統ではない」と「伝統」を盾に否定的な声が上がっている。しかし、伝統の本質は“形を守ること”ではなく、“心を継ぐこと”にある。もし時代の要請に応えずに自己完結的な形式を守るだけなら、それはもはや文化ではなく、社会から孤立した安っぽい自己満足でしかない。
私は量産や商業的利益を目的とはせず、すべての着物をオーダーメイドで制作してきた。着る人の個性と感性に寄り添い、現代における「必要とされる着物文化」を再構築するためである。この営みは、細くとも確実に伝統の灯を未来へつなぐ道だと確信している。
幸いにも、着物を愛する若い女性たちが自発的にこの活動を支持し、発信してくれている。彼女たちの姿は、伝統が再び息を吹き返し、次の時代の美意識と融合しながら新しい形を得つつあることの証左である。
    いま求められているのは、「守る伝統」ではなく「生き続ける伝統」である。
     伝統とは過去の遺物ではなく、時代とともに変化し続ける生命体であり、そこに息づくのは“人の暮らし”と“美のこころ”である。それは、とりも直さず作り手の美を愛する心と情熱の中に宿るのである。
     私はその本質を信じ、デジタルという新たな筆をもって、現代に生きる加賀友禅の新章を描き出したい。
