作品のエネルギーについて

NHKの、妹島さんと名和さんの番組(瀬戸内直島のアート長谷川裕子さんの解説)を拝見した翌日、富山の黒部駅のミュージアムで大地のエネルギーともいえる展示をみた。その中でガラスケースにも入っていないシンプルな台の上に乗せられたたった1㎥の火山弾に圧倒された。小さな塊からほとばしる地球生命の熱く生々しく雄々しいエネルギー、なぜか昨日見た名和さんの発泡スチロールの白い大きな木を形取ったアートを思い出し唖然としてしまった。彼は生命のエネルギーとか生命力とかを力説していたが、無機質な発泡スチロールの断面を強調したその巨大な造形からは、私には生命の熱や息遣いよりも、コンセプトの輪郭の方が強く伝わってきた。長谷川裕子さんの解説も残念だが心に残らなかった。

いみじくも彼の作品は現代アートの負の傾向を見事に説明してしまっているのではないか。頭の中だけで考えた後付けの解説やコンセプトが多すぎる。アートは好き嫌いいろいろあっていいとはいえ、作家自身が本当に感じた感動と、見る側の感情が、もっと直接響き合う作品に出会いたいと思う。 (※ 蔡 国強さん、長坂真護さんの作品は真に迫った迫力を感じる

 

「本然の感情の同感無しには数学でさえ存在しえない。ベルグソンの批判したとおり知性だけで存在を主張しようとしてもできない相談です」(岡 潔)